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アイテム詳細
法権利の哲学―あるいは自然的法権利および国家学の基本スケッチ
G・W・F・ヘーゲル
三浦 和男
未知谷
グループ:Book /ランキング:571337
価格:¥ 5,250
発売日:1991-10 /通常24時間以内に発送
G・W・F・ヘーゲル
三浦 和男
未知谷
価格:¥ 5,250
発売日:1991-10 /通常24時間以内に発送
カスタマーレビュー
おすすめ度:
もう一つの法哲学
(2008-01-12)
「法の哲学」に「法権利の哲学―あるいは自然的法権利および国家学の基本スケッチ」というタイトルをつけた特異なヘーゲルの翻訳である。法に権利をそえたのは、レヒトに二重の意味があるからである。法とは主として義務を意味するに対して、権利は義務の反対である。この法の二重の使い分けは相反する概念ゆえに難しい。いずれにしても、「法」に「法権利」という訳語つけたのは三浦がはじめてであろう。これは三浦がマルキストであったから自由に既成の訳語から離れることができたのであろう。
まえがきと用語解説がついているが、補遺は省略されている。まえがきと用語解説だけを読むといろいろ教えられるところがあるが、本文に即して読むと果たしてそうかな思う個所がすぐに見つかる。やはりヘーゲルはどんなに言葉をかえても理解しにくいところをもっている。
翻訳はかなり特殊な用語と文体とで初心者には向いているように思われるが、他の訳を見たものにとってはかなりの違和感を感じるのではなかろうか。
なかなか良い翻訳だと思います。
(2007-04-06)
長ったらしい題名ですが、要するに普通言われている「法哲学」あるいは「法の哲学」です。ほかの訳本は有名なので、この訳を紹介します。訳者のまえがきや用語の解説など、懇切丁寧なところが好感を持てます。それだけに、反対に、まえがきが気に入らなかったら読む気にはならないという一種バクチ的な要素も併せ持つ1冊です。
三浦和男訳「法権利の哲学」
(2007-03-30)
人間の意志の規定から説き起こし、法律、道徳を論じ、倫理(習俗規範・共同体の精神)という章で、家族・市民社会・国家を論じる。ほぼ人間社会の全般を網羅する社会哲学であり、法=正義についての哲学だ。第1章は「法律哲学として「抽象的な法」を扱う地味だが示唆に富んだ重要な章。各章に瞠目すべき見解が多いが、最終章「倫理」のなかの市民社会論が世評が最も高い。資本主義社会の勃興期に、早くもその本質へと迫り、その重大な限界を指摘する筆致は、鋭くもドラマティック。しかし、本書のバックボーンはむしろ第2章「道徳」にあり、「良心」が「悪」へと転ずる可能性を論じることで個人の限界が浮き彫りにされる。結果「倫理」の章へ転ずるが、この転換は、哲学の立場上の大転換とも思え、その妥当性を巡ってもっと議論されてよいと思う。しかし、先見的な多くの議論に反して最終の「国家」の部分は、反動的な色彩が強く、読者をつまずかせる。仮に著者の歴史的な時代を十分勘案したとしても、今日ではついていけない議論が多い、と言われる。が、「国家」の重要性をしらばくれていては、社会も日常生活も単独者も論じることはできないのだから、「国家」まで真正面に据えて論じた本書は逃げも隠れもしない「社会哲学」。幾種類かある同書の翻訳の中で、「世界の名著」版と甲乙付け難い双璧の名訳と思う。が、術語の翻訳のこだわり過ぎが、却って不自然感を残す点では、「世界の名著」版に一歩譲る。術語にこだわり過ぎというのは、Verstandを「悟性」と訳すと、「悟る」感じが残るので嫌だ、とかそんな類だ。術語とは文脈や用法で理解するもので、漢字に一次対応的に反応して理解したりはしない。素人でも「悟性」のニュアンスに「悟り」があるとは、まず考えない。杞憂が多すぎる訳である。だが、高度な語学力、日本語力の成果は見事で、苦心の名訳であることに変わりはない。本書の三浦の豊富な「解説」も魅力的だが、やや今日の知識を前提に、ヘーゲルを良くも悪くも評価する面が残存しており、そういう意味で「哲学的」でないところがある。
おすすめ度:
もう一つの法哲学
「法の哲学」に「法権利の哲学―あるいは自然的法権利および国家学の基本スケッチ」というタイトルをつけた特異なヘーゲルの翻訳である。法に権利をそえたのは、レヒトに二重の意味があるからである。法とは主として義務を意味するに対して、権利は義務の反対である。この法の二重の使い分けは相反する概念ゆえに難しい。いずれにしても、「法」に「法権利」という訳語つけたのは三浦がはじめてであろう。これは三浦がマルキストであったから自由に既成の訳語から離れることができたのであろう。
まえがきと用語解説がついているが、補遺は省略されている。まえがきと用語解説だけを読むといろいろ教えられるところがあるが、本文に即して読むと果たしてそうかな思う個所がすぐに見つかる。やはりヘーゲルはどんなに言葉をかえても理解しにくいところをもっている。
翻訳はかなり特殊な用語と文体とで初心者には向いているように思われるが、他の訳を見たものにとってはかなりの違和感を感じるのではなかろうか。
なかなか良い翻訳だと思います。
長ったらしい題名ですが、要するに普通言われている「法哲学」あるいは「法の哲学」です。ほかの訳本は有名なので、この訳を紹介します。訳者のまえがきや用語の解説など、懇切丁寧なところが好感を持てます。それだけに、反対に、まえがきが気に入らなかったら読む気にはならないという一種バクチ的な要素も併せ持つ1冊です。
三浦和男訳「法権利の哲学」
人間の意志の規定から説き起こし、法律、道徳を論じ、倫理(習俗規範・共同体の精神)という章で、家族・市民社会・国家を論じる。ほぼ人間社会の全般を網羅する社会哲学であり、法=正義についての哲学だ。第1章は「法律哲学として「抽象的な法」を扱う地味だが示唆に富んだ重要な章。各章に瞠目すべき見解が多いが、最終章「倫理」のなかの市民社会論が世評が最も高い。資本主義社会の勃興期に、早くもその本質へと迫り、その重大な限界を指摘する筆致は、鋭くもドラマティック。しかし、本書のバックボーンはむしろ第2章「道徳」にあり、「良心」が「悪」へと転ずる可能性を論じることで個人の限界が浮き彫りにされる。結果「倫理」の章へ転ずるが、この転換は、哲学の立場上の大転換とも思え、その妥当性を巡ってもっと議論されてよいと思う。しかし、先見的な多くの議論に反して最終の「国家」の部分は、反動的な色彩が強く、読者をつまずかせる。仮に著者の歴史的な時代を十分勘案したとしても、今日ではついていけない議論が多い、と言われる。が、「国家」の重要性をしらばくれていては、社会も日常生活も単独者も論じることはできないのだから、「国家」まで真正面に据えて論じた本書は逃げも隠れもしない「社会哲学」。幾種類かある同書の翻訳の中で、「世界の名著」版と甲乙付け難い双璧の名訳と思う。が、術語の翻訳のこだわり過ぎが、却って不自然感を残す点では、「世界の名著」版に一歩譲る。術語にこだわり過ぎというのは、Verstandを「悟性」と訳すと、「悟る」感じが残るので嫌だ、とかそんな類だ。術語とは文脈や用法で理解するもので、漢字に一次対応的に反応して理解したりはしない。素人でも「悟性」のニュアンスに「悟り」があるとは、まず考えない。杞憂が多すぎる訳である。だが、高度な語学力、日本語力の成果は見事で、苦心の名訳であることに変わりはない。本書の三浦の豊富な「解説」も魅力的だが、やや今日の知識を前提に、ヘーゲルを良くも悪くも評価する面が残存しており、そういう意味で「哲学的」でないところがある。

