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カスタマーレビュー
おすすめ度:
結局ウンコな議論ってすごく意味があるのでは?
(2007-10-21)
ウンコな議論が嘘よりましとかそうじゃないとか、一応まな板にはのっかっているのですが、私はやっぱすごく意味があるのではないかと思っています。
解説では、おそらくわざとウンコな議論満載の解説を長く載せてあり、読み終わって虚しくなりました。なぜならやっぱりウンコな議論の中をウンコな議論でもってやりきっていくしかない感じがしたからです。
ウンコな議論の効用をまともに書く方が今後、すぐに出てくれればいいのですが、おそらく出ないでしょう。残念です。
笑えるんだけど…、本当に面白いのはこの先。
(2007-01-29)
小さな薄い本で文字も大きいのですぐ読める。ウンコな議論風に書かれた、ウンコな議論批判の書。30年前に書かれたこの論文を今読んでも面白いのは、様々な場面で繰り広げられている空虚なPolitically Correctな議論(例えば、「美しい国」云々)に対する批判になっているからではないだろうか。
思ったとおり笑える本だったのだが、あともう一歩という印象。本書が扱っているのは「ウンコな議論の本質は何か」であって、「何故人はウンコな議論をするのか」ではない。だからここがスタート地点なのだと思う。本当に面白いのはここから先。
訳者による(本文と同じくらいの長さの)解説も面白い(むしろ解説の方が面白い…)。このタイトルと訳者の名前を見てニヤリとできる方向け。訳者のおふざけモードが全開なので、真面目な人は怒っちゃうかもしれない。
本文よりも訳者解説
(2006-09-19)
おそらく元は今で言うところのブログに書き込む感覚で書いたのだと思う。「嘘をつくこと」と、「議論の揚げ足取り」あるいは「屁理屈」と一緒にするなということを言いたかったのか。
実際のところは、訳者がストレスをためまくって、たまたま同じ主張をする人に出会って、彼を隠れ蓑にし、訳者解説をしたかったのだろう。訳者解説が半分以上を占める本なんて普通じゃ考えられないからね。読むべきところは、本文よりも訳者解説!
真面目な本
(2006-07-16)
奇抜なタイトルとは正反対に、至って真面目な本。
bullshit(牛の糞、へりくつ)という単語の概念を規定することに全てのページが費やされている。
例もまた至って真面目、言葉遣いも難解なので、浮ついた気持ちで手にとると痛い目にあう。
世間が、あるいは自分でも時々使っているウンコな議論が、嘘や騙しとどう違うのか、その根拠と特徴を知りたい、思考の冒険をしようという人には面白い本。
お奨めは通勤電車でカバーをかけずに読むこと
(2006-04-03)
民主党のニセメール問題やそのあおりでポシャった4点セットの国会論議、あるいは企業不祥事のお詫び会見、それを取り上げるマスコミ言説...どれもこれもがウンコ議論で、この本非常にタイムリーである。いや、この文章が執筆されたのは30年前らしいし、世事だけではなく職場周りにも犬の糞のごとく転がっているところをみると、著者の言うようにウンコ議論は“現代文化の顕著な特徴”なのだろう。
山形浩生が(ほぼ本文と同じボリュームの)訳者解説で触れている通り、著者のウンコ議論についての評価は“一応留保されている”。まぁ悪いっちゃ悪いけど必要悪ってとこも無きにしも非ずだし、場合によっては“使いよう”もある、ってことだろう。但し、明らかに問題なのは、ウンコがウンコだとわからなくなることだ。ウンコ議論は、個人が組織の一員としての立場を持ったときに芽生えるものだと思うんだけど、国会やスタジオや会議室や飲み屋でしゃべってる奴らの言葉がウンコかどうか、自分が今しゃべってることがウンコかどうか、それがわからなくなったら終わりである。ウンコをウンコだとわかってさえいれば、まだ“使いよう”はある。
この本、訳の上手さもあるのだろうが、「道徳哲学」って難解さはまったく無く、センスのある文章で、読み物としてなかなか楽しい。お奨めの読み方は通勤電車でカバーをかけずに読むこと。周りのギョッとした反応が楽しめるし、ウンコ議論の存在を啓蒙する手っ取り早い手段でもある。
おすすめ度:
結局ウンコな議論ってすごく意味があるのでは?
ウンコな議論が嘘よりましとかそうじゃないとか、一応まな板にはのっかっているのですが、私はやっぱすごく意味があるのではないかと思っています。
解説では、おそらくわざとウンコな議論満載の解説を長く載せてあり、読み終わって虚しくなりました。なぜならやっぱりウンコな議論の中をウンコな議論でもってやりきっていくしかない感じがしたからです。
ウンコな議論の効用をまともに書く方が今後、すぐに出てくれればいいのですが、おそらく出ないでしょう。残念です。
笑えるんだけど…、本当に面白いのはこの先。
小さな薄い本で文字も大きいのですぐ読める。ウンコな議論風に書かれた、ウンコな議論批判の書。30年前に書かれたこの論文を今読んでも面白いのは、様々な場面で繰り広げられている空虚なPolitically Correctな議論(例えば、「美しい国」云々)に対する批判になっているからではないだろうか。
思ったとおり笑える本だったのだが、あともう一歩という印象。本書が扱っているのは「ウンコな議論の本質は何か」であって、「何故人はウンコな議論をするのか」ではない。だからここがスタート地点なのだと思う。本当に面白いのはここから先。
訳者による(本文と同じくらいの長さの)解説も面白い(むしろ解説の方が面白い…)。このタイトルと訳者の名前を見てニヤリとできる方向け。訳者のおふざけモードが全開なので、真面目な人は怒っちゃうかもしれない。
本文よりも訳者解説
おそらく元は今で言うところのブログに書き込む感覚で書いたのだと思う。「嘘をつくこと」と、「議論の揚げ足取り」あるいは「屁理屈」と一緒にするなということを言いたかったのか。
実際のところは、訳者がストレスをためまくって、たまたま同じ主張をする人に出会って、彼を隠れ蓑にし、訳者解説をしたかったのだろう。訳者解説が半分以上を占める本なんて普通じゃ考えられないからね。読むべきところは、本文よりも訳者解説!
真面目な本
奇抜なタイトルとは正反対に、至って真面目な本。
bullshit(牛の糞、へりくつ)という単語の概念を規定することに全てのページが費やされている。
例もまた至って真面目、言葉遣いも難解なので、浮ついた気持ちで手にとると痛い目にあう。
世間が、あるいは自分でも時々使っているウンコな議論が、嘘や騙しとどう違うのか、その根拠と特徴を知りたい、思考の冒険をしようという人には面白い本。
お奨めは通勤電車でカバーをかけずに読むこと
民主党のニセメール問題やそのあおりでポシャった4点セットの国会論議、あるいは企業不祥事のお詫び会見、それを取り上げるマスコミ言説...どれもこれもがウンコ議論で、この本非常にタイムリーである。いや、この文章が執筆されたのは30年前らしいし、世事だけではなく職場周りにも犬の糞のごとく転がっているところをみると、著者の言うようにウンコ議論は“現代文化の顕著な特徴”なのだろう。
山形浩生が(ほぼ本文と同じボリュームの)訳者解説で触れている通り、著者のウンコ議論についての評価は“一応留保されている”。まぁ悪いっちゃ悪いけど必要悪ってとこも無きにしも非ずだし、場合によっては“使いよう”もある、ってことだろう。但し、明らかに問題なのは、ウンコがウンコだとわからなくなることだ。ウンコ議論は、個人が組織の一員としての立場を持ったときに芽生えるものだと思うんだけど、国会やスタジオや会議室や飲み屋でしゃべってる奴らの言葉がウンコかどうか、自分が今しゃべってることがウンコかどうか、それがわからなくなったら終わりである。ウンコをウンコだとわかってさえいれば、まだ“使いよう”はある。
この本、訳の上手さもあるのだろうが、「道徳哲学」って難解さはまったく無く、センスのある文章で、読み物としてなかなか楽しい。お奨めの読み方は通勤電車でカバーをかけずに読むこと。周りのギョッとした反応が楽しめるし、ウンコ議論の存在を啓蒙する手っ取り早い手段でもある。

