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カスタマーレビュー
おすすめ度:
司馬版項羽と劉邦は『人間臭さ』重視
(2007-12-22)
本書は美化されたヒーロー物ではありません。
それぞれの人物が、案外普通の人のように感じます。
もちろん、天下を動かす人々ですから、頭が良かったり、怪力だったり、
あるいは人望が厚かったりするわけですが、
作者が形作るそれぞれの性格が妙に普通なのです。
そういった特徴づけが、当時の人物をより現実味あるものにしています。
そして物語そのものに躍動感を与えています。
登場人物がだいたい頭に入ってくるころには、
グイグイとページに引きこまれることでしょう。
文章は吉川英次よりもだいぶ読みやすいです。
中国の古典を読むのが初めての方や、中学生ぐらいの方にもおすすめです。
きら星のごとき漢たち
(2007-10-30)
司馬さんが不世出の天才だったことをあらためて感じさせる一作です。何て魅力的な登場人物たちだろう。個人的には特に国士無双・韓信のキャラが無性に好きです。天下を獲る為の全ての才能に恵まれながら、どこか人が良い。
司馬遷を尊敬していた司馬遼太郎が、この作品を書く心境になるのに何年掛かったのだろうか?
中国人が読んだらどんな感想を持つのだろうか?
司馬さんに三国史も書いて欲しかった。
「史記」の世界のフィナーレを飾る史上最強の2大超リーダーの激突
(2007-07-20)
三国志の400年前、秦の崩壊から中国全土に群雄が割拠し、やがて頂点を極めんと覇を競うふたりの英雄。項羽は圧倒的な武勇を発揮するが、ときに平然と大量殺戮。劉邦は酒と女色にふけるオヤジだが、ふしぎと俊英たちが彼のもとで才幹を発揮してゆく。典型的トップダウンと、部下の能力を引き出すタイプ、歴史上最高のリーダーの典型、といわれてきました。
重要なのは、ふたりの英雄をとりまく個性的な名補佐役たちの生き様が鮮やかに描かれている点です。。。
チャンツウファン(張子房)はいまも中国の人々の尊敬を集める劉邦の頭脳で名参謀。劉邦の覇道を助けながらも自己の心身の浄化に努め、漢帝国が樹立されるとさっさと隠遁。
曹参は劉邦の股肱の臣で猛将だが、武人としての鮮やかな振舞いや、美学を尊ぶ(宮城谷昌光さんの「香乱記」にもそのあたりがでてきます)。
韓信は「背水の陣」をあみだす天才的将軍で劉邦に重用されたが、権力への未練が、のちに身を滅ぼしてしまう。
一方で項羽陣営のブレーン、軍師范増は、痛烈な直言癖がたたり、疎まれて業半ばで身を引いてしまう。
やがてパワーバランスが崩れ、「四面楚歌」が流れるとき、まさに楚が滅び、漢代400年の安寧が築かれます。このスペクタクルな史実を彩るすべての人々の思想と言動、行動が結晶化し、中国全土に平和がもたらされるにいたる壮大な歴史絵巻のきわめて印象深いエンデイングとなっており、読むものの胸中に深く感銘がこだまします。司馬さんファン、三国志ファン、リーダーをめざすかた、はもちろん、万人におすすめの、必読の名著です。
なおこの時代の前の春秋戦国時代については宮城谷昌光さんが「管仲」「楽器」「子産」「香乱記」「重耳」などなどおおくの秀逸な歴史小説を書かれています。
史実としての「最高の人間学」でしょ?(上・中・下通しての書評とさせてもらいます)
(2007-07-06)
長い歴史を持つ中国において、これ程性格的に対象的な両雄が覇権を相争うというのは、正に「事実は小説よりも奇なり」を彷彿とさせてくれる史実です。
日本でも江戸時代の頃は「漢楚軍談」として人々に幅ひろく読まれてきたようです。(ちなみに鎌倉時代の宗教改革の先駆者・日蓮もよく自分の門下宛の手紙に沛公(劉邦の事)、張良、韓信等の話を引用されていた。結構古くからこの話は日本に伝わっていた様だ。)
さて、この史実(小説ですけどね)を通してよく語られる事は「理想的なリーダーシップとは何か?」「成功する指導者の条件とは?」等等、色々ありますが、司馬氏自身は、やはり両者の性格上の違いとして、「劉邦は儒者を嫌い、別に道徳心に厚いわけではないが、根は素直で人の意見を良く聞く事ができた。」対して「項羽は文武に秀で(特に腕力は人間離れしていた様である)戦場では無類の強さを誇るが、部下に対してどこか冷淡な所があり自分の親族にばかり褒章を与えたがった、これは天下人の振る舞いではなく貴婦人の如き性根である」・・・と。
確かに項羽は元々自分の配下に「韓信」や、「鯨布」、「陳平」といった英傑を持ちながら、全員を失望させ、劉邦の所へ走らせるのだから、「人心掌握の術」には著しく欠けていたのであろう。そして有名な「垓下の戦い」では、最後に項羽が自害する直前「俺がこうして滅ぶのは、人為のなせるためではない、天が滅ぼそうとするから滅ぶのだ!」と叫ぶ・・・・歴史家「司馬遷」は「史記」において「何という傲慢、何という浅はかさであろう!」と非難しているが、結局、案外この「自分で自分を内省していく事が出来る」という指導者は少ないのかもしれない。(日本の政治家にもこんなタイプの人は多いかも・・・・)
本書以前の記述が欲しい
(2007-04-14)
本書はゴロツキあがりの劉邦が名門の項羽と覇権を争い、百戦百敗しながらも最後には勝利し、漢の高祖となった過程を描いたもの。発表当時は、サラリーマンの処世術の本としても読まれ、大ベストセラーとなった。司馬氏は自身も従軍した太平洋戦争(の指導者)への嫌悪感を露わにし、その反動で明治維新前後の人物を美化し過ぎた本を出しており、その時代に関する本は当てにならないが、その時代を外すと見事な作品を描く。本作は舞台が中国なので、余計充実した作品になっている。
ただ、私が惜しいと思うのは、劉邦が何故、貧農の生まれで粗暴だったのに係らず地元で人望があったのか不明だという点である。最初に登場した時に、既にある種の人望があるのである。その人望によって劉邦がある程度の軍事力を得てからは、最終結果をもたらしたのは、単に項羽が寛大過ぎた(劉邦を甘くみていた)からで、劉邦が殊更何かした訳ではない。鬼面人を驚かすようだが、アインシュタインは中学でニュートン力学を習った時、既にその問題点に気付いていた(これが後に相対性理論を産む)。なので、15才以降のアインシュタインの伝記を読んでもあまり面白くない。興味があるのは、15才にしてそのような疑問を抱く少年がどのように育ったかである。劉邦の例に戻れば、何故、地元で劉邦が人望を持つようになったか、そこが一番の興味の的であり、作者にはここを解明して欲しかった。勿論、資料は皆無なのだが。
項羽と劉邦という生まれも性格も異なる二人の覇権争いを通じて、人の上に立つ人望とは器量とはを壮大なスケールで描いた歴史小説の傑作。
おすすめ度:
司馬版項羽と劉邦は『人間臭さ』重視
本書は美化されたヒーロー物ではありません。
それぞれの人物が、案外普通の人のように感じます。
もちろん、天下を動かす人々ですから、頭が良かったり、怪力だったり、
あるいは人望が厚かったりするわけですが、
作者が形作るそれぞれの性格が妙に普通なのです。
そういった特徴づけが、当時の人物をより現実味あるものにしています。
そして物語そのものに躍動感を与えています。
登場人物がだいたい頭に入ってくるころには、
グイグイとページに引きこまれることでしょう。
文章は吉川英次よりもだいぶ読みやすいです。
中国の古典を読むのが初めての方や、中学生ぐらいの方にもおすすめです。
きら星のごとき漢たち
司馬さんが不世出の天才だったことをあらためて感じさせる一作です。何て魅力的な登場人物たちだろう。個人的には特に国士無双・韓信のキャラが無性に好きです。天下を獲る為の全ての才能に恵まれながら、どこか人が良い。
司馬遷を尊敬していた司馬遼太郎が、この作品を書く心境になるのに何年掛かったのだろうか?
中国人が読んだらどんな感想を持つのだろうか?
司馬さんに三国史も書いて欲しかった。
「史記」の世界のフィナーレを飾る史上最強の2大超リーダーの激突
三国志の400年前、秦の崩壊から中国全土に群雄が割拠し、やがて頂点を極めんと覇を競うふたりの英雄。項羽は圧倒的な武勇を発揮するが、ときに平然と大量殺戮。劉邦は酒と女色にふけるオヤジだが、ふしぎと俊英たちが彼のもとで才幹を発揮してゆく。典型的トップダウンと、部下の能力を引き出すタイプ、歴史上最高のリーダーの典型、といわれてきました。
重要なのは、ふたりの英雄をとりまく個性的な名補佐役たちの生き様が鮮やかに描かれている点です。。。
チャンツウファン(張子房)はいまも中国の人々の尊敬を集める劉邦の頭脳で名参謀。劉邦の覇道を助けながらも自己の心身の浄化に努め、漢帝国が樹立されるとさっさと隠遁。
曹参は劉邦の股肱の臣で猛将だが、武人としての鮮やかな振舞いや、美学を尊ぶ(宮城谷昌光さんの「香乱記」にもそのあたりがでてきます)。
韓信は「背水の陣」をあみだす天才的将軍で劉邦に重用されたが、権力への未練が、のちに身を滅ぼしてしまう。
一方で項羽陣営のブレーン、軍師范増は、痛烈な直言癖がたたり、疎まれて業半ばで身を引いてしまう。
やがてパワーバランスが崩れ、「四面楚歌」が流れるとき、まさに楚が滅び、漢代400年の安寧が築かれます。このスペクタクルな史実を彩るすべての人々の思想と言動、行動が結晶化し、中国全土に平和がもたらされるにいたる壮大な歴史絵巻のきわめて印象深いエンデイングとなっており、読むものの胸中に深く感銘がこだまします。司馬さんファン、三国志ファン、リーダーをめざすかた、はもちろん、万人におすすめの、必読の名著です。
なおこの時代の前の春秋戦国時代については宮城谷昌光さんが「管仲」「楽器」「子産」「香乱記」「重耳」などなどおおくの秀逸な歴史小説を書かれています。
史実としての「最高の人間学」でしょ?(上・中・下通しての書評とさせてもらいます)
長い歴史を持つ中国において、これ程性格的に対象的な両雄が覇権を相争うというのは、正に「事実は小説よりも奇なり」を彷彿とさせてくれる史実です。
日本でも江戸時代の頃は「漢楚軍談」として人々に幅ひろく読まれてきたようです。(ちなみに鎌倉時代の宗教改革の先駆者・日蓮もよく自分の門下宛の手紙に沛公(劉邦の事)、張良、韓信等の話を引用されていた。結構古くからこの話は日本に伝わっていた様だ。)
さて、この史実(小説ですけどね)を通してよく語られる事は「理想的なリーダーシップとは何か?」「成功する指導者の条件とは?」等等、色々ありますが、司馬氏自身は、やはり両者の性格上の違いとして、「劉邦は儒者を嫌い、別に道徳心に厚いわけではないが、根は素直で人の意見を良く聞く事ができた。」対して「項羽は文武に秀で(特に腕力は人間離れしていた様である)戦場では無類の強さを誇るが、部下に対してどこか冷淡な所があり自分の親族にばかり褒章を与えたがった、これは天下人の振る舞いではなく貴婦人の如き性根である」・・・と。
確かに項羽は元々自分の配下に「韓信」や、「鯨布」、「陳平」といった英傑を持ちながら、全員を失望させ、劉邦の所へ走らせるのだから、「人心掌握の術」には著しく欠けていたのであろう。そして有名な「垓下の戦い」では、最後に項羽が自害する直前「俺がこうして滅ぶのは、人為のなせるためではない、天が滅ぼそうとするから滅ぶのだ!」と叫ぶ・・・・歴史家「司馬遷」は「史記」において「何という傲慢、何という浅はかさであろう!」と非難しているが、結局、案外この「自分で自分を内省していく事が出来る」という指導者は少ないのかもしれない。(日本の政治家にもこんなタイプの人は多いかも・・・・)
本書以前の記述が欲しい
本書はゴロツキあがりの劉邦が名門の項羽と覇権を争い、百戦百敗しながらも最後には勝利し、漢の高祖となった過程を描いたもの。発表当時は、サラリーマンの処世術の本としても読まれ、大ベストセラーとなった。司馬氏は自身も従軍した太平洋戦争(の指導者)への嫌悪感を露わにし、その反動で明治維新前後の人物を美化し過ぎた本を出しており、その時代に関する本は当てにならないが、その時代を外すと見事な作品を描く。本作は舞台が中国なので、余計充実した作品になっている。
ただ、私が惜しいと思うのは、劉邦が何故、貧農の生まれで粗暴だったのに係らず地元で人望があったのか不明だという点である。最初に登場した時に、既にある種の人望があるのである。その人望によって劉邦がある程度の軍事力を得てからは、最終結果をもたらしたのは、単に項羽が寛大過ぎた(劉邦を甘くみていた)からで、劉邦が殊更何かした訳ではない。鬼面人を驚かすようだが、アインシュタインは中学でニュートン力学を習った時、既にその問題点に気付いていた(これが後に相対性理論を産む)。なので、15才以降のアインシュタインの伝記を読んでもあまり面白くない。興味があるのは、15才にしてそのような疑問を抱く少年がどのように育ったかである。劉邦の例に戻れば、何故、地元で劉邦が人望を持つようになったか、そこが一番の興味の的であり、作者にはここを解明して欲しかった。勿論、資料は皆無なのだが。
項羽と劉邦という生まれも性格も異なる二人の覇権争いを通じて、人の上に立つ人望とは器量とはを壮大なスケールで描いた歴史小説の傑作。

