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カスタマーレビュー
おすすめ度:
若者よ文化に逃げろ
(2008-04-24)
さて、本書は週刊文春に連載された筆者の記事を時系列的にまとめ、ご自身が書かれているように「バカの壁」的編集作業により作り上げた1冊の時代社会学。
作者は1958年生まれ(小生59年)であるからほぼ同じ時代を生きて来たわけであるが、回想録的な作者の若者時代とはかなり違う生き方をしてきたようで同感できる部分とそうで無い部分が分かれるのはしょうがないだろう。
しかし、時代がまさに日本的資本主義のゴールを既に迎えているにも係らず、だれも試合が終わった事を宣言しない現在と言う捉え方には激しく同意する。また、若者に「逃げろ」とアドバイスする。そして文化にかかわれと。すなわち手に職をであると。正しいと思う。
クリスマスは彼女とシティーホテルにしけ込み、大晦日はTDLで年越し、そんな軽薄な文化を知らず知らずに植えつけられ、ただただ消費者としての役割を演じて来た若者、特に男性。バブル終焉後も同じような世相が続いている。若者はカモになってしまった。
世相を示す当時の雑誌やテレビ番組、視聴率等のデータを処理して若者時代論を展開していく。非常に楽しく?読める。若干、作者の思い入れが強い部分のデータ解釈には?マークも付くし、話がほぼ都会限定なので違和感がないでもない。しかし、このような資料収集とデータ処理から見えてくる世相は大きな間違いはないのであろう。
多くの現代を生きる若者にとっては既に古き良き時代の童話なのかもしれない。そして、逃げる用意を早急にする必要があろう。
だって、この本がが出版された時はまだ年金問題は登場してないですから。爺婆の命は今や若者が払うだろう年金が原資ですから。
一つの時代論
(2008-03-05)
筆者は,1958年生まれで,1979年〜1984年を大学(早稲田大学漫研)で過ごした人。自分の体験をベースに,筆者独特のデータ調査(学生アルバイトに当時のドラマを全て見せて,「いつから携帯電話が登場するようになったか」を調べたりする)も入れて,1983年,1987年,1989年,1991年,1999年・・・という定点的な社会観察をしている。
80年代を通して,女の子の値段が高くなり(やらせてもらうために要するデート費用などが異常に高騰した),「女の子は勝手にお姫さまにおさまってしまった」(83頁)のが1987年。
それが,1991年になると,ドラマ「東京ラブストーリー」の赤名リカに典型的なように,女性は,「自分らしい生き方は譲らない。女性であることも手放さない。どちらもかなえてくれる相手でないと恋愛しない。」という風に,「自分たちの価値と立っている位置を下げない宣言をしてしまった。」(132頁)。
≪90年代は,男性はヘアヌードに夢中になり,女性は恋愛ドラマを熱心に見続けた。
(中略)
性情報は増えたが,何でもない男はただではやらせてもらえなくなり,何もない女は自分のどこを売ればいいかわからなくなった。≫(139頁)
面白おかしく文章が続くので,何となしに読み進めてしまうが,結構本質的なところを指摘しているように思った。
1980年代の変化を実体験とともに語る
(2007-11-01)
筆者は、現代を若者が損をする「若者殺しの時代」であると捉え、その時代の始まりが1980年代だと論じている。雑誌の見出し、クリスマスなどのイベント、筆者の実体験などから、時代の変化を探ろうとする視点は面白い。ただし、本書の論は、個別の調査結果で日本社会全体を類推しているという意味で注意が必要である。ひとつの見方を提供してくれる本だと言える。
バブルエッセイ
(2007-10-31)
バブル時代をすごした著者によるエッセイです。
いくつかの意見や洞察、対策も挙げられていますが基本的には回想録として
読むべきでしょう。突飛なおもいつきとタイトルは秀逸です。
時代に関する分析は三浦展氏などと比べると比較にもなりません。
あの時代を謳歌した人には楽しめるのかもしれません。
いつの時代にでも古代中国やギリシャにでも存在した若者批判論の逆をいった感じ
といえましょうか。
若いことが損であると思う方は是非!
(2007-09-02)
内容を要約すれば,
・もともと社会には子供と大人の2つしかなく,いわゆる大学生くらいは,社会にでる前の大人だった。
・それが,第三次産業(サービス業)によって,つまり大人の都合で,「若者」という概念が定義されて,クリスマスやバレンタインデーやディズニーランドというもので,金を搾取する時代がはじまった。
・それは1970sに定義され,1980sに用意され,1990sにより拍車がかかり,2000sではもはや社会体制と確立し,望む望まないにかかわらず若者はいまや誰も大人としてみなさず,議論や消費の対象として殺されていくという内容です。
具体的に何年に何が登場しているかは,本にくわしく書いてあります。はじめにがなかなか面白くて,自分が若いかどうかは,「若いことが得であるか損であるか」考えた時に,「得に決まっているだろ」というのが,すでに若くない証拠だそうです。若いと損なことって社会には山ほどあるし,逆に年寄りのほうが得なこともたくさんあると。それがわかっていることが「若い」ということなのですよね。それがわかっている方は,是非買っていただければと思います。そうは思えない年寄りにはおすすめできないかな。
まとめは,こうした社会の変化をおっていくと,今日の日本社会というのは,戦後の焼け野原から国を建てなおし,元通りに戻していくという目標にそって運営されていることになるそうです。ただ,この戦後の建てなおしという目標はすでに達成されているのに,まだその体制で社会が運営されているから,社会には目標が見当たらず,このままいけば当然社会は崩壊することになるそうです。これからは新しい目標をもった社会がまた生まれ,今の若者は旧社会の最後の世代ということになると。当然,沈んでいく社会に乗っていっしょに沈むことはない。うまく逃げてください。ただし,ニートなどという社会の監視の目につかまらない方法で。
ということみたいですね。面白い本だったので,損を感じている方は是非よんでいただければと思います。
おすすめ度:
若者よ文化に逃げろ
さて、本書は週刊文春に連載された筆者の記事を時系列的にまとめ、ご自身が書かれているように「バカの壁」的編集作業により作り上げた1冊の時代社会学。
作者は1958年生まれ(小生59年)であるからほぼ同じ時代を生きて来たわけであるが、回想録的な作者の若者時代とはかなり違う生き方をしてきたようで同感できる部分とそうで無い部分が分かれるのはしょうがないだろう。
しかし、時代がまさに日本的資本主義のゴールを既に迎えているにも係らず、だれも試合が終わった事を宣言しない現在と言う捉え方には激しく同意する。また、若者に「逃げろ」とアドバイスする。そして文化にかかわれと。すなわち手に職をであると。正しいと思う。
クリスマスは彼女とシティーホテルにしけ込み、大晦日はTDLで年越し、そんな軽薄な文化を知らず知らずに植えつけられ、ただただ消費者としての役割を演じて来た若者、特に男性。バブル終焉後も同じような世相が続いている。若者はカモになってしまった。
世相を示す当時の雑誌やテレビ番組、視聴率等のデータを処理して若者時代論を展開していく。非常に楽しく?読める。若干、作者の思い入れが強い部分のデータ解釈には?マークも付くし、話がほぼ都会限定なので違和感がないでもない。しかし、このような資料収集とデータ処理から見えてくる世相は大きな間違いはないのであろう。
多くの現代を生きる若者にとっては既に古き良き時代の童話なのかもしれない。そして、逃げる用意を早急にする必要があろう。
だって、この本がが出版された時はまだ年金問題は登場してないですから。爺婆の命は今や若者が払うだろう年金が原資ですから。
一つの時代論
筆者は,1958年生まれで,1979年〜1984年を大学(早稲田大学漫研)で過ごした人。自分の体験をベースに,筆者独特のデータ調査(学生アルバイトに当時のドラマを全て見せて,「いつから携帯電話が登場するようになったか」を調べたりする)も入れて,1983年,1987年,1989年,1991年,1999年・・・という定点的な社会観察をしている。
80年代を通して,女の子の値段が高くなり(やらせてもらうために要するデート費用などが異常に高騰した),「女の子は勝手にお姫さまにおさまってしまった」(83頁)のが1987年。
それが,1991年になると,ドラマ「東京ラブストーリー」の赤名リカに典型的なように,女性は,「自分らしい生き方は譲らない。女性であることも手放さない。どちらもかなえてくれる相手でないと恋愛しない。」という風に,「自分たちの価値と立っている位置を下げない宣言をしてしまった。」(132頁)。
≪90年代は,男性はヘアヌードに夢中になり,女性は恋愛ドラマを熱心に見続けた。
(中略)
性情報は増えたが,何でもない男はただではやらせてもらえなくなり,何もない女は自分のどこを売ればいいかわからなくなった。≫(139頁)
面白おかしく文章が続くので,何となしに読み進めてしまうが,結構本質的なところを指摘しているように思った。
1980年代の変化を実体験とともに語る
筆者は、現代を若者が損をする「若者殺しの時代」であると捉え、その時代の始まりが1980年代だと論じている。雑誌の見出し、クリスマスなどのイベント、筆者の実体験などから、時代の変化を探ろうとする視点は面白い。ただし、本書の論は、個別の調査結果で日本社会全体を類推しているという意味で注意が必要である。ひとつの見方を提供してくれる本だと言える。
バブルエッセイ
バブル時代をすごした著者によるエッセイです。
いくつかの意見や洞察、対策も挙げられていますが基本的には回想録として
読むべきでしょう。突飛なおもいつきとタイトルは秀逸です。
時代に関する分析は三浦展氏などと比べると比較にもなりません。
あの時代を謳歌した人には楽しめるのかもしれません。
いつの時代にでも古代中国やギリシャにでも存在した若者批判論の逆をいった感じ
といえましょうか。
若いことが損であると思う方は是非!
内容を要約すれば,
・もともと社会には子供と大人の2つしかなく,いわゆる大学生くらいは,社会にでる前の大人だった。
・それが,第三次産業(サービス業)によって,つまり大人の都合で,「若者」という概念が定義されて,クリスマスやバレンタインデーやディズニーランドというもので,金を搾取する時代がはじまった。
・それは1970sに定義され,1980sに用意され,1990sにより拍車がかかり,2000sではもはや社会体制と確立し,望む望まないにかかわらず若者はいまや誰も大人としてみなさず,議論や消費の対象として殺されていくという内容です。
具体的に何年に何が登場しているかは,本にくわしく書いてあります。はじめにがなかなか面白くて,自分が若いかどうかは,「若いことが得であるか損であるか」考えた時に,「得に決まっているだろ」というのが,すでに若くない証拠だそうです。若いと損なことって社会には山ほどあるし,逆に年寄りのほうが得なこともたくさんあると。それがわかっていることが「若い」ということなのですよね。それがわかっている方は,是非買っていただければと思います。そうは思えない年寄りにはおすすめできないかな。
まとめは,こうした社会の変化をおっていくと,今日の日本社会というのは,戦後の焼け野原から国を建てなおし,元通りに戻していくという目標にそって運営されていることになるそうです。ただ,この戦後の建てなおしという目標はすでに達成されているのに,まだその体制で社会が運営されているから,社会には目標が見当たらず,このままいけば当然社会は崩壊することになるそうです。これからは新しい目標をもった社会がまた生まれ,今の若者は旧社会の最後の世代ということになると。当然,沈んでいく社会に乗っていっしょに沈むことはない。うまく逃げてください。ただし,ニートなどという社会の監視の目につかまらない方法で。
ということみたいですね。面白い本だったので,損を感じている方は是非よんでいただければと思います。

