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アイテム詳細
一億三千万人のための小説教室 (岩波新書 新赤版 (786))
高橋 源一郎
岩波書店
グループ:Book /ランキング:72628
価格:¥ 735
発売日:2002-06 /通常24時間以内に発送
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岩波書店
価格:¥ 735
発売日:2002-06 /通常24時間以内に発送
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レビュー(Amazon.co.jp)
???世の中には小説の書き方に関する本があふれている。そういった本の読者の大半は、小説を書きたい、あわよくば小説家になりたい人だろう。しかし、本書の「少し長いまえがき」の中で、高橋源一郎は早々に断言する。「わたしの知っている限り、『小説教室』や「小説の書き方」を読んで小説家になった人はひとりもいません」。なぜか。「小説家は、小説の書き方を、ひとりで見つけるしかない」からだそうだ。
???世の中には小説の書き方に関する本があふれている。そういった本の読者の大半は、小説を書きたい、あわよくば小説家になりたい人だろう。しかし、本書の「少し長いまえがき」の中で、高橋源一郎は早々に断言する。「わたしの知っている限り、『小説教室』や「小説の書き方」を読んで小説家になった人はひとりもいません」。なぜか。「小説家は、小説の書き方を、ひとりで見つけるしかない」からだそうだ。
???しかし、著者は小説家志望者の夢を打ち砕こうとしているわけではない。この本は、標題どおり「1億3000万人のための」小説教室なのだ。「小説を書く」という作業の前に、「小説の書き方をひとりで見つける」方法を手とり足とり、教えてくれる。
???小説は「つかまえる」ものであること。小説と「遊ぶ」こと。まねることから始めること。小説の世界に深く入ること。そして最後に、自分の小説を書きはじめること。著者の後について「小説を書く旅」に出た読者は、今まで気づかなかった小説のおもしろさに気づかされる。書くよりもまず、読んでみたくなるはずだ。そして、著者の教えどおり、まねをしたくなる。
???要するに、本書は「小説(を楽しむための)教室」でもある。その意味では、小説家になりたい人が目を通すべき実用の書といえる。音楽を好きな人が音楽家になり、スポーツの好きな人がスポーツ選手になるように、小説を書くためには小説を深く、楽しめることが前提だ。この本を読むと、小説がますます好きになるはず。文章の巧拙やプロット、キャラクターづくりのテクニックを越えた、小説の魅力に目を開かせてくれるからだ。(栗原紀子)
カスタマーレビュー
おすすめ度:
技術は後回し。技術が使いこなせる小説家という人種にひとっとびになろう
(2008-09-04)
奥深げにレビューしたいんですが、なにぶんわたくし浅学でして、だからこの一言で。
この本は小説家という人種になれる本です。
あとは蛇足です。
1技術に迷ったら「1週間でマスターシリーズ」
2リハビリするなら「物語の体操」
3読者の視点を取り戻したければ「小説を書きたがる人々」
4どうにもスランプに陥ったら、自分の大好きな小説家の本。わたしは北杜夫。なかんずく青春記。
高橋さんのいう真似することの、具体的な真似の仕方は1で。
1は辞書だからっていう感覚でいるときは2を。
なんだかわからないけど、書くとつまらなくなっちゃう・・・っていう、スランプ5秒前のときは3が。
スランプなら、この「一億三千万人のための小説教室」。この本の内容が頭に入っているなら、代わりに自分の好きな作家の好きな本を。
人間は汚されても生きているだけでいいんだ。その上に小説が読めて書ければ、金も名誉も地位もいらない、だって大満足な人生だからっていう人におススメします。
わたしはこの本で、どんなに最悪な状態に陥っても(OSが何回も続けてぶっ飛んだりしても)、負けずにちゃんと書くことが出来るようになりました。感謝。
この本が一つの小説のよう
(2008-06-12)
高橋源一郎さんといえば、テレビタレント、作家のあの方の元夫という位置づけで、
養育費を支払われているのだろうかということが気にはなるのですが、
やはりそこは小説家、作家。
この本自体が一つの小説のような語り口でするすると読めます。
取り上げられているサンプルのことばの一部も皆、興味深いものばかり。
タカハシ先生、さすがです。
小説を書こうと思ったことはないけど、書いてみようかなという気にもなりました。
もっと評価されてもいいのでは、高橋源一郎。
「著書が書いた」ことは間違いない!
(2008-05-22)
内容の無い低レベルな本。虚しい。読み終わるや、うそ寒い淋しさに襲われるまで。
基本的には著者お気に入りの(偏った)書物からの引用が脈絡なく羅列されるだけ。オリジナルの内容は実質的にほぼ皆無。
唯一著者からのメッセージらしいことといえば「小説は書くものではなくつかまえるものだ」ということくらい。普遍的な有効性には乏しいと思われるこの感覚的な表現が、何の工夫も変換もなく繰り返されるばかり。退屈なのを通り越して、呆れる。
小説を書く意志のある人ない人、また文章指導の参考となる図書をさがしている人など、どのような人にとっても全く読む必要のない書物である。
こういうヒドイ本が収められているのは「岩波新書ならでは」だ。岩波は、編集部による実質的なゴーストライティングをしない稀有な出版社だからである。
面白すぎ!!
(2008-02-05)
あの変な(でもスゴイ)小説を書く高橋さんが書いた小説作法の本というだけあって、やっぱり変だ、そして最高に楽しい。
この本には、技術的なことはほとんど書かれていません。技術ではなく小説の“こころ”を教えてくれます。高橋さんのあの奇妙な小説がどのように生み出されるのか、少し頭の中をのぞかせていただきましょう。
引用されてる小説も高橋さんが選んだだけあって、クセのあるものばかり。そして高橋さんの紙上講義、面白くないわけがありません。
文学への情熱とサービス精神に頭が下がる
(2007-10-17)
著者は「教壇」という高所から小説書きの未経験者という下の者(読者)に教えるのでなく、読者を著者と同じく文学と小説を愛する者という、同等の目線におき語りかける。とりたてて腰が低いからというわけでなく、文学の無限の可能性、文学への愛が彼を謙虚にしている。
「少し長いまえがき」は、会話調のとっつきやすさとは裏腹に、髄の髄といいたくなるほど本質をついた内容で、なおかつ他の小説家や文学評論家が指摘したことのない「新しい」ものだと思わされた。舗装されていない、誰も歩いたことのない道を歩くように、私はゆっくりと注意しながら読み進んだし、そうするべきだと感じた。例えば「一ついえることは、わたしぐらい小説が好きな小説家は滅多にいないのではないかということです(えへん)。もちろん小説が嫌いな小説家はないはずです(たぶん)」この(たぶん)が重い。「小説のようなもの」を書いている小説家へ向けられた反語的疑問では?小説を書かずに「小説のようなもの」を書いているのは本当に小説を好きじゃないからでは?という。
著者はまた、「読者は保守的」だといい、「読者の楽しみのほとんどは『再演』のたのしみである」こと、「作者はそんな王様のいうことを聞く家来である」が、それはいまの小説の「悲しい実態」だともいっている。そして「傑作」や「芸術」と呼ばれるものがどのように生まれるのかもキチンと説明している。
この「少し長いまえがき」だけでも十分700円の価値がある。
レッスン6の「小説家になるためのブックガイド」も貴重で、ありがたく活用させてもらおうと思う。甚大な読書量の著者が「小説家になるための」リストとして作ったのだから時間がかかったにちがいないし、親切で丁寧なコメントは短いが、ビシビシの迫力。プロの小説家もこっそり買って自らを叱咤激励するのに読むのでは?
おすすめ度:
技術は後回し。技術が使いこなせる小説家という人種にひとっとびになろう
奥深げにレビューしたいんですが、なにぶんわたくし浅学でして、だからこの一言で。
この本は小説家という人種になれる本です。
あとは蛇足です。
1技術に迷ったら「1週間でマスターシリーズ」
2リハビリするなら「物語の体操」
3読者の視点を取り戻したければ「小説を書きたがる人々」
4どうにもスランプに陥ったら、自分の大好きな小説家の本。わたしは北杜夫。なかんずく青春記。
高橋さんのいう真似することの、具体的な真似の仕方は1で。
1は辞書だからっていう感覚でいるときは2を。
なんだかわからないけど、書くとつまらなくなっちゃう・・・っていう、スランプ5秒前のときは3が。
スランプなら、この「一億三千万人のための小説教室」。この本の内容が頭に入っているなら、代わりに自分の好きな作家の好きな本を。
人間は汚されても生きているだけでいいんだ。その上に小説が読めて書ければ、金も名誉も地位もいらない、だって大満足な人生だからっていう人におススメします。
わたしはこの本で、どんなに最悪な状態に陥っても(OSが何回も続けてぶっ飛んだりしても)、負けずにちゃんと書くことが出来るようになりました。感謝。
この本が一つの小説のよう
高橋源一郎さんといえば、テレビタレント、作家のあの方の元夫という位置づけで、
養育費を支払われているのだろうかということが気にはなるのですが、
やはりそこは小説家、作家。
この本自体が一つの小説のような語り口でするすると読めます。
取り上げられているサンプルのことばの一部も皆、興味深いものばかり。
タカハシ先生、さすがです。
小説を書こうと思ったことはないけど、書いてみようかなという気にもなりました。
もっと評価されてもいいのでは、高橋源一郎。
「著書が書いた」ことは間違いない!
内容の無い低レベルな本。虚しい。読み終わるや、うそ寒い淋しさに襲われるまで。
基本的には著者お気に入りの(偏った)書物からの引用が脈絡なく羅列されるだけ。オリジナルの内容は実質的にほぼ皆無。
唯一著者からのメッセージらしいことといえば「小説は書くものではなくつかまえるものだ」ということくらい。普遍的な有効性には乏しいと思われるこの感覚的な表現が、何の工夫も変換もなく繰り返されるばかり。退屈なのを通り越して、呆れる。
小説を書く意志のある人ない人、また文章指導の参考となる図書をさがしている人など、どのような人にとっても全く読む必要のない書物である。
こういうヒドイ本が収められているのは「岩波新書ならでは」だ。岩波は、編集部による実質的なゴーストライティングをしない稀有な出版社だからである。
面白すぎ!!
あの変な(でもスゴイ)小説を書く高橋さんが書いた小説作法の本というだけあって、やっぱり変だ、そして最高に楽しい。
この本には、技術的なことはほとんど書かれていません。技術ではなく小説の“こころ”を教えてくれます。高橋さんのあの奇妙な小説がどのように生み出されるのか、少し頭の中をのぞかせていただきましょう。
引用されてる小説も高橋さんが選んだだけあって、クセのあるものばかり。そして高橋さんの紙上講義、面白くないわけがありません。
文学への情熱とサービス精神に頭が下がる
著者は「教壇」という高所から小説書きの未経験者という下の者(読者)に教えるのでなく、読者を著者と同じく文学と小説を愛する者という、同等の目線におき語りかける。とりたてて腰が低いからというわけでなく、文学の無限の可能性、文学への愛が彼を謙虚にしている。
「少し長いまえがき」は、会話調のとっつきやすさとは裏腹に、髄の髄といいたくなるほど本質をついた内容で、なおかつ他の小説家や文学評論家が指摘したことのない「新しい」ものだと思わされた。舗装されていない、誰も歩いたことのない道を歩くように、私はゆっくりと注意しながら読み進んだし、そうするべきだと感じた。例えば「一ついえることは、わたしぐらい小説が好きな小説家は滅多にいないのではないかということです(えへん)。もちろん小説が嫌いな小説家はないはずです(たぶん)」この(たぶん)が重い。「小説のようなもの」を書いている小説家へ向けられた反語的疑問では?小説を書かずに「小説のようなもの」を書いているのは本当に小説を好きじゃないからでは?という。
著者はまた、「読者は保守的」だといい、「読者の楽しみのほとんどは『再演』のたのしみである」こと、「作者はそんな王様のいうことを聞く家来である」が、それはいまの小説の「悲しい実態」だともいっている。そして「傑作」や「芸術」と呼ばれるものがどのように生まれるのかもキチンと説明している。
この「少し長いまえがき」だけでも十分700円の価値がある。
レッスン6の「小説家になるためのブックガイド」も貴重で、ありがたく活用させてもらおうと思う。甚大な読書量の著者が「小説家になるための」リストとして作ったのだから時間がかかったにちがいないし、親切で丁寧なコメントは短いが、ビシビシの迫力。プロの小説家もこっそり買って自らを叱咤激励するのに読むのでは?

