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アイテム詳細
アースシーの風 ― ゲド戦記V
アーシュラ・K・ル=グウィン
Ursula K. Le Guin
清水 真砂子
岩波書店
グループ:Book /ランキング:181205
価格:¥ 1,890
発売日:2003-03-21 /通常24時間以内に発送
アーシュラ・K・ル=グウィン
Ursula K. Le Guin
清水 真砂子
岩波書店
価格:¥ 1,890
発売日:2003-03-21 /通常24時間以内に発送
カスタマーレビュー
おすすめ度:
現代の神話
(2007-07-28)
27年にわたって書かれた「ゲド戦記」の完結編。個人的にはテルーが登場した前作が一番だと思っていたが、本作ではそのテルーがテハヌーとして更なる活躍をし、新たな重要人物ハンノキがもたらすクライマックスは感動モノ。元々一つだった竜と人間が分かれ、さらにその人間が分かれていく。物欲、所有欲は膨らみ自由(=不死)までも手に入れようとするとき均衡は崩れる。これはそのまま現代社会への警鐘ともとれる。死を越える愛と友情の物語もある。
私はこの奇想天外な話に引き込む一つの秘密は、人物描写と詳細な感情表現だと思う。それが何気ない動きのないシーンにも深みを与えている。
外伝がまだあるが、長い話が終わってしまった寂しさは大きい。
作者自身によるアースシー世界の解体
(2007-07-19)
『帰還』や『外伝』よりは面白いと思うが、
やはり最初の三部作とは完全に別物だと思う。
取って付けたような結末にも納得できなかった。
4巻以降、男性=知=魔法による支配の解体という、
作者のフェミニズム的世界観の押し付けが顕著になったが、
この巻に至っては、3巻でゲドが成し遂げたはずの
生死の均衡の回復までが、殆ど否定されているように思う。
4巻で描かれていたように、
その後も悪事は変わりなく起こり続けるし、
本書で描かれる状況は、3巻の冒頭よりも
むしろ悪化すらしているように思えるのだが、
すでに魔法を失ったゲドはもちろん、
ハブナーの宮廷やロークの学院もまた、
これに対しては無力に近い存在として描かれている。
(とくにロークでは、レバンネンへの戴冠を行なうべき
新たな大賢人が選ばれる気配もなく、
かえって学院そのものの権威が、
深刻な疑いに晒されているかのようだ。)
石垣の向こう側に広がる死の世界までが、
生死を支配したいという人間の欲望に発する、
よこしまな魔法の力で固定されたものだということになると、
これはもう、3巻までの世界観の
根本的な改変と言わざるを得ないのだが、
仮にこの改変が、物語の全体に厚みをつけ加え、
より大きな枠組みの中での見事な決着をもたらしていれば、
まだしもそれなりに満足して読み終えることはできただろう。
残念ながら、そのような結末にはならず、
魔法の力を独占して悪をなす男に対して、
竜に変じた人間の女(アイリアン、テハヌー)のみが
それをはるかに上回る力を発揮して問題を解決できるという、
相変わらずのフェミニズム的図式が
あからさまに主張されるだけで終ってしまった。
三部作の時代からのファンとしては
どうにも残念としか言いようがない。
留まることを知らぬ欲望への警鐘
(2006-07-05)
やっと、すっきりしましました。そんな感じです。
二十数年間に亘って書き続けられてきた「ゲド戦記」シリーズもようやく完結です。この本を読んで、ようやくアースシーの世界観が完全に掌握できた気がします。
作者は、「アースシー三部作」と言う事で書き始め、第四巻には「最後の書」という副題までつけました。でも、もう一つすっきりしないところが、そこかしこにありました。でも、これで解消です。
人間と竜が同じであったのが、いつの日か道を別ったということは前にも出てきたのですが、人間を更に二つに分けたことで、すべての謎が一気に解けたような気がします。
人間と竜は、「物質欲」と「自由」という大きなカテゴリーで分裂します。ところが、「物質欲」に飽き足らず「自由」をも欲した人間たちが登場するに及んで、世界の均衡が崩れ様々な異常な事態が引き起こされてきたのでした。
作者のテーマもまさにここにあり、これこそが現代社会への問題提起になっているのだと思います。それは、第一巻「影との戦い」以来一貫して語られる「影」の存在にも関係してくるのではと思います。「影」、人間の負の部分を認識してこそ、「人は成長をとげ、真の共同体、自己認識、創造性へと近づいたのです」(「夜の言葉」)ということになるのでしょう。それがなければ、「破壊」と「解体」がやってくるということでしょう。
人間の留まることを知らぬ欲望(この本では「不死」として描かれている)への警鐘としてこの本を読み終えました。
死と生
(2005-06-28)
第1巻からすでに「ゲド戦記」は死と生とを扱ってきたが,最終巻にいたってついに話は,動物が人間になって,死という概念を得て,人間自らがその概念に縛られて本来の「生」を十全に生きられなくなっている状況に対しての著者なりの回答の提示になっていると思います。
話は晦渋で正直言って2回読んでもよく判りませんでしたが。
是非に・・・ とは思わない。
(2004-12-15)
その美しい文体(訳者に感謝)と、豊かな思想性で不朽の名作といわれるゲド戦記シリーズの第5巻にして最終巻。
第4巻では失われていたように感じた美しい文体と、深い味わいが復活している。しかし、女性の視点に強い感情移入を感じてしまい、はじめの3巻のような読み手の自由さが少し奪われているような気がした。やはり、はじめの3巻までのような読後感のよさはなかった。3巻までとは違い、是非とも読んで欲しい作品とは思わない。
おすすめ度:
現代の神話
27年にわたって書かれた「ゲド戦記」の完結編。個人的にはテルーが登場した前作が一番だと思っていたが、本作ではそのテルーがテハヌーとして更なる活躍をし、新たな重要人物ハンノキがもたらすクライマックスは感動モノ。元々一つだった竜と人間が分かれ、さらにその人間が分かれていく。物欲、所有欲は膨らみ自由(=不死)までも手に入れようとするとき均衡は崩れる。これはそのまま現代社会への警鐘ともとれる。死を越える愛と友情の物語もある。
私はこの奇想天外な話に引き込む一つの秘密は、人物描写と詳細な感情表現だと思う。それが何気ない動きのないシーンにも深みを与えている。
外伝がまだあるが、長い話が終わってしまった寂しさは大きい。
作者自身によるアースシー世界の解体
『帰還』や『外伝』よりは面白いと思うが、
やはり最初の三部作とは完全に別物だと思う。
取って付けたような結末にも納得できなかった。
4巻以降、男性=知=魔法による支配の解体という、
作者のフェミニズム的世界観の押し付けが顕著になったが、
この巻に至っては、3巻でゲドが成し遂げたはずの
生死の均衡の回復までが、殆ど否定されているように思う。
4巻で描かれていたように、
その後も悪事は変わりなく起こり続けるし、
本書で描かれる状況は、3巻の冒頭よりも
むしろ悪化すらしているように思えるのだが、
すでに魔法を失ったゲドはもちろん、
ハブナーの宮廷やロークの学院もまた、
これに対しては無力に近い存在として描かれている。
(とくにロークでは、レバンネンへの戴冠を行なうべき
新たな大賢人が選ばれる気配もなく、
かえって学院そのものの権威が、
深刻な疑いに晒されているかのようだ。)
石垣の向こう側に広がる死の世界までが、
生死を支配したいという人間の欲望に発する、
よこしまな魔法の力で固定されたものだということになると、
これはもう、3巻までの世界観の
根本的な改変と言わざるを得ないのだが、
仮にこの改変が、物語の全体に厚みをつけ加え、
より大きな枠組みの中での見事な決着をもたらしていれば、
まだしもそれなりに満足して読み終えることはできただろう。
残念ながら、そのような結末にはならず、
魔法の力を独占して悪をなす男に対して、
竜に変じた人間の女(アイリアン、テハヌー)のみが
それをはるかに上回る力を発揮して問題を解決できるという、
相変わらずのフェミニズム的図式が
あからさまに主張されるだけで終ってしまった。
三部作の時代からのファンとしては
どうにも残念としか言いようがない。
留まることを知らぬ欲望への警鐘
やっと、すっきりしましました。そんな感じです。
二十数年間に亘って書き続けられてきた「ゲド戦記」シリーズもようやく完結です。この本を読んで、ようやくアースシーの世界観が完全に掌握できた気がします。
作者は、「アースシー三部作」と言う事で書き始め、第四巻には「最後の書」という副題までつけました。でも、もう一つすっきりしないところが、そこかしこにありました。でも、これで解消です。
人間と竜が同じであったのが、いつの日か道を別ったということは前にも出てきたのですが、人間を更に二つに分けたことで、すべての謎が一気に解けたような気がします。
人間と竜は、「物質欲」と「自由」という大きなカテゴリーで分裂します。ところが、「物質欲」に飽き足らず「自由」をも欲した人間たちが登場するに及んで、世界の均衡が崩れ様々な異常な事態が引き起こされてきたのでした。
作者のテーマもまさにここにあり、これこそが現代社会への問題提起になっているのだと思います。それは、第一巻「影との戦い」以来一貫して語られる「影」の存在にも関係してくるのではと思います。「影」、人間の負の部分を認識してこそ、「人は成長をとげ、真の共同体、自己認識、創造性へと近づいたのです」(「夜の言葉」)ということになるのでしょう。それがなければ、「破壊」と「解体」がやってくるということでしょう。
人間の留まることを知らぬ欲望(この本では「不死」として描かれている)への警鐘としてこの本を読み終えました。
死と生
第1巻からすでに「ゲド戦記」は死と生とを扱ってきたが,最終巻にいたってついに話は,動物が人間になって,死という概念を得て,人間自らがその概念に縛られて本来の「生」を十全に生きられなくなっている状況に対しての著者なりの回答の提示になっていると思います。
話は晦渋で正直言って2回読んでもよく判りませんでしたが。
しかしこの,死後の世界の風景を,人間と竜とがいかに変えていくのか?そもそも竜とは何者なのか?という物語は我々の心を掴んで放さないですね。また読んでみたい本です。
ちなみに私は読むたび考えるたびにこの「黄泉の国」に日本の「イザナギイザナミ」神話を投影してしまいますね。著者は知っているかなー?
是非に・・・ とは思わない。
その美しい文体(訳者に感謝)と、豊かな思想性で不朽の名作といわれるゲド戦記シリーズの第5巻にして最終巻。
第4巻では失われていたように感じた美しい文体と、深い味わいが復活している。しかし、女性の視点に強い感情移入を感じてしまい、はじめの3巻のような読み手の自由さが少し奪われているような気がした。やはり、はじめの3巻までのような読後感のよさはなかった。3巻までとは違い、是非とも読んで欲しい作品とは思わない。

